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生産者日記

こころ野便り 農業について思う事 その12

100km歩いた翌日は、10kmしか歩けなかった。
原野の様な所を歩くので念の為にと装備を持ち過ぎていた。
20kg以上になっていたと思う。
留萌で身軽になることを決めた。
この先は、それ程辺ぴな所は、ルート上に無い。
不安が荷物を多くしてしまっていた。
結果として体に負担を掛け過ぎてしまっていた様だ。
留萌を過ぎると霜が降りた。
これから北海道の冬が始まる。
歩いていると体は温かいが手は冷たい。
平地でも紅葉が盛りを迎え足早に葉を落とす。
1週間ほどで旅にも体が慣れてきた。
岩見沢では、勤務していた駐屯地で皆が盛大に出迎えてくれた。
応接室に通され中隊長や駐屯地司令同席のもと新聞社数社の取材を受けその後岩見沢市長を表敬訪問する為市役所に駐屯地司令の黒塗りの車で出かけた。
私事が、知らない所で大袈裟な事になっていた。
その頃の自衛隊は、災害派遣で活躍する自衛官のイメージは無くあまり良くなかったかもしれない。
当時、「にいちゃん、ええ身体してんな自衛隊に入らへんか。」と言うあまり出来のよくなさそうな若者に声を掛け勧誘すると言う漫才のネタも有った。
実際そう言われて入隊した者や「大阪環状線止めたった。」と自慢げに言う暴走族上がりや首に鎖を巻いているアフロヘアーも同期には居た。
でも毎日訓練でへとへとになるうちそれなりに凛々しくなっていったが中には逮捕された者もいた。
そんな中自治体との良好な関係を保ちたいと言う上層部の考えも有ったのかもしれない。
その後旅のルート近くに有る駐屯地のリストが手渡された。
それらには、各駐屯地の司令官の善意の文が添えられている。
しかし、その時は、自分の旅が自分のもので無くなってしまった気がした。

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